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AI の急激な発達について思うこと ver 2023/03/17

昨年末に ChatGPT が公開された頃から、大規模言語モデル (LLM) の界隈が広く認知され盛り上がっています。 一昨日も GPT-4 が発表され、非常に高い性能だと話題になっています。

自分の感覚としては 2023 年になったあたりからこの界隈の盛り上がりが異常で、それまで AI まわりでは数ヶ月に一回程度大きな進展のニュースがあったりしたのが、数週間に一回程度の頻度になり、今では毎日何らかの大きなニュースがあります。

そんな中、「仕事がなくなる」といった不安を感じている人は少なくないと思います。 自分は少し前までは「AI を使ってうまくやる側にまわれば大丈夫だろう」と思っていたのですが、だんだんと、そんなこともない気がしてきています。 正直、かなりの焦りを感じていて、頭を抱えています。

まずは今の時点で思っていることをまとめておこうと思います。

仕事はなくなると思うか?

ソフトウェア開発の環境の変化

自分が焦っている大きな理由の 1 つは、今までに身につけた知識の価値が大きく下がっていっていることです。 自分には、ソフトウェア開発と関連して、生活できる程度に知見のある分野がいくつかありますが、その分野の知識の価値が小さくなっていっているように感じます。 AI に聞けば分かること、AI にやってもらえば良いことが増えているためです。

現状では、適切にググるためには相応の知識が必要なように、AI に質問したり依頼したりするにも相応な知識が必要ですが、その状況は今後変わっていく可能性が低くないと感じています。

とくにプログラミングについては人間の関わり方が大きく変わる可能性が高いと感じており、今後、今までのやり方が通用するかは怪しいです。

要件定義や設計といったフェーズであれば、今後も人間の出番があるという意見もありますが、そこを AI が担うようになるのも時間の問題で、意外と遠くないのではないかと思っています。 AI が完全に担うことはなくとも、専門知識がなくても AI に聞きながら誰でもできるようになれば、専門性の価値は小さくなります。

いわゆるシンギュラリティみたいなことかもしれませんが、AI によって AI が進化するようになるのも遠くないと思います。 そうして AI が非常に賢くなった状況では、ホワイトカラーの仕事の多くが淘汰されるというのも妄想ではなくなってきたと感じています。

このような変化はいつか起こるものだとは思っていましたが、想像よりはるかに早くにやってきたことで焦っています。 ソフトウェアエンジニアとしては、習得した技術要素などはある程度の年数で陳腐化するとは思っていたものの、ここまで高速な侵食を受けると思っていませんでした。 自分の強みが強みではなくなっていく状況を感じ、例えば直近の仕事をどうするか、というのは悩みの 1 つです。

ブルーカラーの仕事について

現実世界に物理的に干渉しなくてよいソフトウェアの世界は、AI にとって扱いやすく、影響を受けやすいと思います。 一方で、いわゆるブルーカラー的な仕事であれば影響を受けないのかと言うと、それも時間の問題かもしれないと思っています。

ソフトウェアと比べるとまだ先になるとは思いますが、AI によって研究開発のスピードもどんどん上がると考えると、思っていた以上に早く人間しかできない仕事がなくなるのかもしれません。

ふと、ドラえもんなどのロボット型の AI と生活するような SF の世界で、どのような職業が残っているのかなと考えたりしましたが、「それロボット (AI) のほうが上手にできるよね」とならない職業は思いつきませんでした。

大企業はすぐにはなくならない

このような状況で、早く大きな影響を受けるのはやはり中小企業だと思います。 そして当然ですが、大企業はすぐにはなくなったりしにくいと思います。 日本の大企業であれば突然解雇される可能性は低いです。

もしも人間の仕事が減り、それが社会問題になる苦しいフェーズが来るとして、大企業の社員という立場であれば、その段階を比較的楽に乗り越えやすいかもしれません。 そこはやはり大企業に就職することの強みだと思います。 他には、個人で大きな資産がある場合も強いはずです。

そして、ソフトウェア開発についても、今までと同じようなものがすぐに完全になくなるわけではないと思います。 特に日本的大企業での開発で AI を駆使するには、ルールを改正するのが大変だと思いますし、何らかのかたちで人間が担当する仕事が(少なくともしばらくは)残ると思います。

COBOL は古いみたいなことはよく言われると思いますが、今やっている開発はそのような扱いで残るのかもしれません。 ただ、まわりが AI を駆使したりしている状況では、その仕事に楽しさを感じにくくなったりする可能性はあるかもしれません。

仕事がなくなることの問題

ここまで、仕事がなくなると思うかを書いてきましたが、そもそも仕事がなくなることにはどのような問題があるかを考えておいたほうが良いと思います。

仕事がなくなることの具体的な問題は、以下の 2 つだと考えています。

  1. 生活費が稼げなくなる
  2. 生きがいがなくなる

「生活費が稼げなくなる」について

生活費が稼げなくなる状況については、個人的にはそれほど心配していません。

自分が生活費を稼げない状況では、それは自分だけでなく、かなりの割合の人が同じ状況になると考えているためです。 もしも多くの人が生活費を稼げない状況になってしまった場合、犯罪が多発するなど、安全に生活できる状況ではなくなる可能性が高いと思っています。

そのような治安の悪い社会になるのを避けるためには、最低限の生活費が配られるような制度ができる可能性があると思っています。 それをベーシックインカムと呼ぶのか社会主義と呼ぶのかは分かりませんが、そんな社会になる可能性は低くないと思います。

このような理由から、生活費が稼げなくなる状況については、それほど心配を感じていません。

一方、もしも最低限の生活費が担保されず、犯罪が多発するような社会になった場合、そもそもお金がどう、というルールが通用するのか自体がかなり怪しいと思います。 もしもそのような状況になったらかなり困るとは思いますが、もはや事前に心配しても仕方ない領域だと、そこは諦めています。 できることがあるとすれば、体を鍛えておくとか、交友関係で安全を確保しておくとかな気がします。

「生きがいがなくなる」について

多くの人にとって仕事には生きがいとしての側面もあり、生きがいがなくなるという問題も大きいと思います。

自分はヴィクトール・フランクルの 3 つの価値の考え方が好きなので、その観点で書いてみようと思います。 3 つの価値というのは、人間が生み出す価値は以下の 3 種類だということです。

  • 創造価値(何かを創り出すこと。いわゆる仕事のやりがい)
  • 体験価値(おいしいものを食べたり、美しい景色を見て、生きていて良かったと思うこと)
  • 態度価値(苦しい状況であっても、誠実であること)

※ 括弧内は自分の解釈です

創造価値が AI に淘汰されていった場合、体験価値に重きがある世界になるのかもしれません。 (態度価値はかなり極限的な状況の話なので、おいておきます)

そうなると、自分が何をして日々暮らしたいのか、その生活は楽しいのか、ということが問題です。 日々おいしいものを食べたり旅行をしたりする生活というのも、ずっと続けていたら飽きてしまいそうな気がします。 自分が本当にやりたいことは何なのか考えるのが、今まで以上に重要なのではないかと思ったりしています。

一方で、自分が本当にやりたいことを見つけるというのは、簡単なことではありません。 実際、与えられた仕事のやりがいを生きがいとしている人は多いはずです。 人間から仕事のやりがいを奪うことがないよう、あえて AI を禁止して仕事をするような団体もできるかもしれないな、と妄想したりもしました。

結論

ここまで色々と書いてきましたが、訪れる変化には段階がいくつかあって、その段階によってどうするべきかは変わりそうな気がしています。

過渡期

まず、今のような過渡期があります。 過渡期のうちは、過去のスキルに囚われすぎず、新しいやり方をキャッチアップすることが重要だと思います。

何かが登場したからといって明日から急に変わるということはないはずなので、日々置いていかれないようにしたいなと思っています。

そして、過渡期はチャンスも大きいので、何か面白いことができるかもしれません。

人間の仕事がなくなったとき

その後、もし人間の仕事がない状況が来たとしたら…

わりと真面目に、衣食住があれば生活できるというのは重要なことで、食べ物を作ったりして生活するのが楽しそうだなと思ったりしています。 もし働かなくても衣食住が整うような環境だとしても、家庭菜園とかは楽しそうです。

現代でも、簡単に手に入るものをあえて作ることは、それはそれで楽しいです。 AI が簡単にやってしまうことを、手作業であえてやることも楽しそうな気がしています。