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IT エンジニアが電子政府 e-Estonia について調べてみた

日本政府のデジタル化については昨今話題となっていますが、電子政府といえばエストニアが最も有名です。

自分もなんとなく耳にしたことがあるくらいだったので、エストニアの電子政府について調べてみました。

書籍 3 冊ほどの情報と、Web 上の情報をまとめた記事になります。

目次

  • e-Estonia とは
  • なぜ電子政府が実現できたのか
  • どんな技術が使われているのか
  • エストニア国民になるには

e-Estonia とは

まず、エストニアの電子政府に関して一番のキーワードである「e-Estonia」とはどういう意味でしょうか?

e-エストニア デジタル・ガバナンスの最前線』から引用すると、

「e-Estonia」とは、世界で最も先進的なデジタル社会を実現しつつある国家としてのエストニアを指す言葉である

とのことです。

エストニアの人口は 130 万人程度の小さな国ですが、政府のデジタル化については非常に先進的です。

e-Estonia で何が可能?

e-Estonia では、eID (Estonian ID) を使い、オンラインで政府・民間の多くの手続きが可能です。

eID は、日本で言うマイナンバー (個人番号) みたいなものです。

エストニアでは、eID の所持は国民の義務であり、生まれたら名前よりも先に登録されるそうです。

デジタル化する上で、名前より先に eID を発行するほうが都合が良いのは分かりますが、これを実現できているのはすごいですね。

eID カードには電子認証用と電子署名用の証明書が内臓されていて、そのカードを使って各種手続きをすることになります。

エストニアでデジタル化されているもの

エストニアでデジタル化されているサービスとしては、

  • e-バンキング
  • e-タックス
  • e-キャビネット
  • m-パーキング
  • e-スクール
  • e-ジオポータル
  • e-チケット
  • e-ポリス
  • i-投票
  • e-司法
  • e-公証人
  • e-ビジネス
  • e-ヘルス
  • e-処方箋

などなど、非常にたくさんのものがあります。

ちなみに「e-ポリス」というのはサイバー警察のようなものをイメージするかもしれませんが、現実世界の警察が各種デジタルツールを大いに活用していることを指すようです。

電子政府といっても、何でもかんでもデジタル空間にあるというわけではなく、現実世界に大いに IT を取り込んでいるというイメージが近いようです。

オンラインで完結できない公的手続きは 3 つ

これはただの豆知識ですが、様々な手続きがオンラインで完結する e-Estonia において、オンラインで完結できない公的手続きが 3 つあります。

何かと言うと、

  • 不動産売却
  • 結婚
  • 離婚

の 3 つです。

  • 不動産売却は金銭的に大きな決断であるため
  • 結婚・離婚は感情的に早まってはいけないため

という理由だそうです。

なぜ電子政府が実現できたのか

そんな電子政府ですが、なぜエストニアは実現できたのでしょうか?

電子政府化を進めた歴史上のポイント

エストニアが電子政府化を進めることができた理由の一つは、歴史的なタイミングが良かったことです。

エストニアの独立の流れは、

  • 1991 年

    • ソビエト連邦から独立を回復。独立を回復するまで、旧ソ連の支配下でサイバーセキュリティ研究所があったため、暗号技術に関する高い知見を持つ人材がそろっていた
  • 1992 年

    • 当時 32 歳の首相マルト・ラールが当時普及し始めたインターネットに目をつけ、政府が電子化すればコストを抑えながら行政サービスを提供できると考え、痛みを伴う改革を推進した

となっています。

World Wide Web の発明が 1989 年 (Wikipedia 調べ) ということを踏まえると、まさにインターネットが盛り上がり始めようとするタイミングで国が独立し、政府を作ることになったわけです。

この黎明期にインターネットに目をつけることができたのはすごいですが、独立のタイミングがデジタル政府を作るのに丁度適していたことも大きな要因でしょう。

IT を活かせる若い世代による政府

上記の歴史的背景を見ていて気になった方もいらっしゃると思いますが、当時 32 歳という非常に若い方が首相をされています。

エストニア政府の人員が若いのは、実は首相に限りません。

現在でも、CIO 率いる制作部隊は 20 〜 30 代の若い人材が中心です。

ちなみに、これも日本との違いですが、エストニアの政府には、内部にも多くの IT 技術の専門家がいるそうです。

マインドとしても、「政府主導型の開発」ではなく「開発主導型の政府」という考え方です。

政府がライバルは Facebook、Alibaba、Airbnb、Uber といったインターネットカンパニーだと言っていおり、一度作ったシステムは作りっぱなしではなく、利用者の声を反映させ、改良を重ねていくという進め方をしています。

スタートアップマインド

エストニアの特徴としては、「スタートアップマインド」も大きいです。

誰もが知っている「スカイプ」は、エストニア発のサービスです。

スカイプは小さな国でも世界に影響を及ぼせることをエストニア内で示し、その功績により、国立博物館にスカイプの開発メンバのイスが「英雄」のイスとして置かれています。

スカイプで育まれた P2P (ピア・トゥ・ピア) の通信技術は国としての強みとしても生きており、成功により得られた資産による投資で起業の文化・エコシステムが発展したことも大きいそうです。

政府もスタートアップマインドを持っており、「エストニアの電子政府の本質は、技術を核にして、透明性とセキュリティ、そして利便性を兼ね備え、まるで 1 つの民間インターネットサービスのように設計されている」と言われます。

どんな技術が使われているのか

e-Estonia の特徴などを書いてきましたが、せっかくなので、どんな技術が使われているのかも簡単に書いていきます。

e-Estonia の重要な技術としては、

  • KSI ブロックチェーン
  • X-Road (クロスロード)

の 2 つが挙げられます。

KSI ブロックチェーン

エストニアでは、通常のブロックチェーンとは異なる KSI ブロックチェーンという技術が使われています。

KSI ブロックチェーンでは、すべてのデータが完全であることを常に証明し、データの改竄を検知します

  • 米国大手軍需企業 ロッキード・マーティン
  • 北大西洋条約機構 (NATO)
  • 米国の国防高等研究局 (DARPA)

など、世界最大級の軍事組織にも採用されている技術です。

エストニアは情報セキュリティの 3 要素 (機密性・完全性・可用性) の中で、完全性が最も重要、つまり、データが改竄されて、正しいデータが分からなくなることが一番まずいと考えたそうです。

そこで、KSI ブロックチェーンにより、データの完全性を保証することにしたのです。

完全性の保証により、政府の文書の改竄も起こることはなく、政府の信頼度も非常に高いです。

個人情報を政府に預ける不安は?

個人情報を政府に預けることについて、不安を感じる方も少なくないと思います。

個人情報を預ける不安については、「データの主権」という考え方によって解決しています。

これは、「自分自身で情報をコントロールする権利があると実感できることが重要」という考え方です。

具体的には、エストニア政府ポータルサイトにログインすると、自分の情報が「いつ」「誰」に利用されていたのかが一覧で分かるようになっています。

エストニアに限らず、このような「データ所有権」という考え方が今後広まるという意見もあります。

X-Road (クロスロード)

もう一つの重要な技術は、「X-Road (クロスロード)」です。

e-Estonia は、X-Road というデータ交換基盤のもとで成り立っています

X-Road の特徴としては、

  • 1 つの巨大なデータベースを作るのではなく、システム同士をつなぐ
  • 情報は必要なときに、必要なだけしか確認できない

といったことが挙げられます。

ちなみに、X-Road は MIT ライセンスの OSS であり、誰でも開発・利用可能です。

政府・民間のデータ連携

エストニアでは、政府・民間の両方が X-Road を利用可能で、政府は最低限のサービスだけを提供しています

実は、エストニアは IT の国家予算が年間 70 億程度で日本の 1% に満たないです。

もちろん、小さい国であるため、ソフトウェアの開発や仕様の変更が簡単というのもありますが、民間の力を非常に効率的に活用できていることも大きいです。

X-Road によりバラバラのシステムをつなぐ方式のため、システム全体を作り直したりしなくて済むこともうまく働いていると言われます。

X-Road の利用は、フィンランドやアゼルバイジャン、ナミビアなどにも広がっています。

その他、技術を上手に使うために設けられたルール

その他、エストニアで IT 技術をうまく使うために設けられているルールを、2 つほど紹介します。

一度きりの原則

1 つ目は、「一度きりの原則」です。

エストニアでは、情報公開法により、同じデータを集める目的で複数のデータベースを構築することを禁じています

例えば、日本では引っ越しのときにたくさんのサービスの登録住所を変更すると思いますが、それが 1 箇所への登録で済むようになっているということです。

是非こうなってほしいですね。

ノー・レガシー

2 つ目は、「ノー・レガシー」です。

公的部門は 13 年以上古いものを重要な IT ソリューションツールとして使ってはいけないというルールです。

官僚は最新技術を学び、システムも更新しつづけるという考え方です。

実際問題として、レガシーなツールを使い続けることは、その組織にとって負債として残っていきます。

それを避ける仕組みがあるのはすごいですね。

エストニア国民になるには

このようにエストニアの良いところをたくさん書いてきたので、エストニアがうらやましいと感じる方もいらっしゃると思います。

そこで、エストニア国民になる方法を紹介します。

e-Regidency とは

実は、エストニアに居住していなくても、e-Regidency によって「仮想エストニア国民 = e レジデント」として登録することができます

例えば

  • 安倍晋三元首相
  • マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ
  • ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王

といった、有名な方もとても大勢登録されています。

e-Regidency に登録すると…

e-Regidency に登録すると、e-Estonia の電子政府を味わうことが可能になります。

例えば会社設立も可能で、30 分もかからないとのことです。 (日本では数週間かかります…)

e-Regidency の目的

エストニアが e-Regidency を実施するのは、「急速に仮想エストニア国民を増やすことができる」からで、目標はエストニアが世界最大の国になることだそうです。

また、背後には

  • 「エストニアといえば電子政府」というブランディング
  • 安全保障に置いて、仮想住民がロシアへの抑止力になると考えた

という点もあると言われています。

安全保障という観点では、「領土が奪われて国民が散り散りになったとしても、国民・国家のデータさえあれば国を再建できる」という考えもあるそうで、e-Estonia のデータは、エストニア以外の国にデータ大使館を設けてバックアップされているそうです。

まとめ

e-Estonia について調べたことをまとめさせていただきました。

電子政府を人口 130 万の小さな国が実現しているというのは本当に驚きです。

住所の一元管理など、誰もがこうあるべきと思うことを実現しているのはうらやましい限りです。

実現できた理由は、「タイミングの良さ」、「技術力」、「若いリーダー」あたりがポイントだと思います。

こういったところは見習っていきたいですね。

e-Estonia に興味を持った方には、以下の 2 冊の書籍がオススメです。

これらの書籍については こちら の記事でも紹介しているので、ぜひ参照ください。